_ _ A.男衾情報 _ _ |
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1.男衾へ... 男衾への接続はほぼ電車か車しかないと言って良い。電車の場合は東武東上線で、池袋から約一時間半。途中の小川駅で車両を乗り換える。東上線の終点の寄居駅まであと三駅のところであり、首都圏のはずれにあるのが男衾である。 一日の乗降客数は約2,865人(平成6年平均)で、寄居町の中でも寄居駅に続く多さである。駅の建物は、かなり老朽化が進んでいる。また、計85段の階段(これも町内の駅の中では多い)は、(エスカレーター等の)設備の充実が望まれる。 |
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2.男衾のみどころ 男衾の娯楽施設は無に近い(涙)。しかし、最近、「寄居町にとんぼ公園をつくる会」が「とんぼ公園」、「トンボ自然館」を作った。(これは僕の自宅のすぐ近くである)ここでは、トンボの生息状況が観察できる、湿地公園「トンボ公園」と、寄居町と日本中のトンボの資料を展示した「トンボ自然館」がある。 しかし、しかしだ。男衾の魅力はなんと言ってもその自然の豊かさが魅力である!都心から東武東上線を使って森林公園駅を過ぎるころになると、車窓には「田舎」風景が広がる。その先、東部竹沢駅から男衾駅までの風景の変化は、誰もが驚くだろう。しかし、「秘境」といったイメージは無く、むしろ東京大都市圏の影響を受けている面もある。近年では、住宅開発が進み、その自然は失われつつあるからである。 |
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3.男衾の産業 男衾・周辺地区は昔から養蚕が盛んで、7,8年前までは所々で見られた。水を得るのが困難な寄居町の土でも育つ桑(蚕の餌)が良く育った、まゆが高値で売れた、というのがその理由。 しかし、最近、住宅開発、農地整理、(特に)農業従事者の高年齢化などによって養蚕業は、失われつつある。(情報は随時追加) |
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4.男衾三郎について 学校の日本史Bの授業であの男衾三郎が登場しました。(男衾氏とは僕の住む「男衾(村)の名前の由来とされています」) [鎌倉時代・武士の生活] というところで「笠懸(かさがけ)」をしている武士の姿を描いたものと、武士の日常の訓練の様子を描いた「騎射三物(きしゃみつもの)」の絵が授業で登場しました。どちらも出展は「男衾三郎絵巻(詞)」です。 鎌倉時代の武士の生活を描いた絵は以外に少ないようで、この「男衾三郎絵巻(詞)」は歴史的にも貴重なものだそうです。僕の学校で使用している教科書・図説資料集・史料集の三つに登場していました。 児童・生徒・学生のみなさん、男衾はなんと教科書に載っているのです!思い出したら鎌倉時代のページを繰って見てくださいね! |
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情報は随時追加していきます。お楽しみに。